Sekiyan's Notebook グローカルニュース〜経営の腑

セキやん通信「経営の腑」


第441号“震災後の経営再建 〜英断へ導くモノサシ〜”<通算756号>(2026年1月30日)

第442号“おかげさまの気持ちと「性弱説」 〜お互いを認め生む信頼〜”<通算757号>(2026年2月13日)

第443号“自社中心の「天動説」捨てよ 〜お客様目線が肝心〜”<通算758号>(2026年2月27日)

「経営の腑」第441号<通算756号>(2026年1月30日)

 震災後の経営再建 〜英断へ導くモノサシ〜
  出典:岩手日報「いわての風」寄稿記事(第40回目 2018年3月11日)

 当時1週間ほど出先で足止めを食ったことが思い出されますが、あの未曽有の出来事から7年が経ちました。
 この間、仕事柄、多くの企業の経営再建のお手伝いをしてきましたが、経営が軌道に乗っている先の共通点について述べたいと思います。
 業界自体の縮小に原発事故の風評被害が重なったA社では、被災前から原価率偏重の誤った経営判断をしており、漸減した年商十億円ほどに対し5千万円前後の営業赤字が続いていました。
 そこに風評被害で売上減少に拍車がかかりましたが、幸か不幸かその賠償金によって、毎年一億円近くに上る営業赤字が補填され、結果的に損益均衡の決算が続きました。
 しかし、その賠償金も打ち切りが決まりました。そこで当時の経営陣は、この逆境を契機に、組み替えた管理会計(わが社がどうやったらもっと儲けられるかのヒントが得られる会計)をもとに営業黒字化に舵を切ることを決め、最後の賠償金を活用して希望退職を募る苦渋の決断をされました。
 直接人員が3分の2に減るなど大変なご苦労がありましたが、新社長のもとに残った社員が結束し、前期の売上高は減員前とほぼ同じで付加価値額(会社が自由に使えるお金)は2割以上も増加し、約十年ぶりに営業黒字を実現、今期はさらなる利益の上乗せを目指しています。
 次に、津波で社屋を失ったB社は、被災前期の売上高約6億円営業利益約4百万円、被災期は売上高約6億円営業損失約2千万円となり、この期に債務超過となりました。その後、地元に仮営業所を設置し、先行きの見えない不安の中にありました。
 そこで、B社の経営陣に管理会計を提案しました。社長が納得され導入した結果、将来の見通しが立ち、資金繰りが大変な時期だったにもかかわらず、約2年後に県庁所在地に新社屋を建設し拠点を移す決断をされました。三期連続で年間売上は8億円超に増加、営業利益も継続して数千万円確保し、最大2億円ほど有った債務超過も解消、二重ローン債権も早期買い戻し、冷たかった金融機関もニコニコ顔で融資提案をしてきます。
 また、大規模な設備投資を実施したC社は、その果実に未だありつけないタイミングで被災されました。C社の社長は、業績を改善すべく十年ほど前から東京の有名コンサルタント主催の経営計画策定セミナーに毎年通い続けていましたが、借入金の返済もままならず、繰越損失かつ債務超過が続いていました。
 そんな中、3・11から4年ほど後、たまたまご縁を得て筆者が伺った3カ月後には当社の経営状況が抜本的に改善するに至りました。単に、社長自身が思いを込めて設備投資したその商品の強みを、業績に生かせるように管理会計で仕向けただけです。今や、売上高は当時から倍増し営業利益率は20%超、当然ながら社員の皆さまの高待遇も実現し、求人や採用もスムーズに進むようになりました。
 他にもさまざま例はありますが、いずれも偶然ではなく、必然です。こうした復活劇の共通点は、わが社の収益構造を明確にとらえ、収益性の高いもの(商品・客先)に経営資源をシフトすることに尽きるのです。
 そのために、収益性の正しいモノサシが必要ですから、前述の「わが社の管理会計」を持つことが必須です。
 そして「正しいモノサシ」をわが社の高性能な武器とし、経営者の役割として「決断」し、実行に移すだけです。
 A社は、自社の管理会計に組み替えることで「売価アップ・歩留まり向上・現場能率改善」の必要性に気づき、新体制のもとで迷わず全社一丸となって取り組みました。B社の一見無謀とも思える新社屋建設及び移転は、B社自身の管理会計により、高収益の継続が見込めるという後ろ盾を得て、社長が決断しました。先駆的な商品が有りながら停滞していたC社は、まがい物ではないC社自身の管理会計を得ることで、高収益体質に転換し盤石にしました。
 いずれも、「正しい収益性のモノサシ」と「経営者の英断」が揃った上での「必然」の好業績なのです。

出典:岩手日報「いわての風」(2018年3月11日)寄稿記事へのリンク

「経営の腑」第442号<通算757号>(2026年2月13日)

 おかげさまの気持ちと「性弱説」 〜お互いを認め生む信頼〜
  出典:岩手日報「いわての風」寄稿記事(第41回目 2018年7月1日)

 皆さまがこの記事を目にされる時間には、雨天でなければ、筆者は本日の早朝清掃を終えているかと思います。春から秋まで毎月第1日曜日の早朝に実家の町内会が主催する定期清掃で、ここ数年皆勤しています。
 というのも、集会所の清掃や駅前ロータリー花壇・駐輪場の除草はもちろんですが、集会所に隣接する実家の草むしりまで町内会の皆さまがしてくれるからです。実家から離れてばかりの筆者は、町内会の皆さまに高齢の両親を長い間見守っていただくなどのご恩があったので、集会所の用地を無償提供しているのですが、逆にそのことに対しての、町内会の皆さまのご厚意なのです。第1日曜日の月1度だけではありますが、つくづく人の情けを感じる町内会の風土の中で「おかげさま」の気持ちをかみしめるのです。
 さて、本業である経営支援においても企業にはそれぞれ風土があり、労使関係が良好な会社もあれば、ギクシャクして険悪な会社もあります。この分かれ目は、経営者および社員がお互いを思いやる余裕があるかどうかにかかっているのですが、かつて先達は「企業内の問題は、業績さえ順調であれば、95%解決する」と指摘しました。筆者も同感で、円滑な企業活動への特効薬は、好業績に優るものはないと感じます。
 ところで、古くからの「性善説・性悪説」という考え方に、最近「性弱説」という観点が加わったようです。
 筆者流にこれを解釈すると、「百パーセント完璧な聖人君子のような人間も、全く救いようのない極悪人も、どちらもいない。すべての人間は、聖人君子と極悪人の間で行ったり来たりしている。その振れ幅は、その時々による。それは人間の弱さによるものともいえよう」というようなところでしょうか。
 家族はじめ身の回りの人、仕事上の仲間、マスコミで取り上げられる立場の人たち、どなたを観察してもあてはまるように思います。それなりの立場の方々の不祥事や非道な事件も、普通のヒトが極悪人モードに近い状態の時に起こすようです。
 かくいう筆者自身も、自宅から100キロ弱離れた実家の早朝清掃への参加に気後れしたり弱い気持ちに揺れたりすることもありますが、その都度「おかげさま」がそれを退治してくれます。
 心理学の専門的なことは置きますが、こうした人間の弱さや不完全性を、まず素のまま「受け入れる」、そして「認める」、さらに「共感・共有する」ことで、人間らしい「おかげさま」の気持ちが湧いてくるようです。
 その結果、殺伐とした関係は解消され円滑な人間関係になるのではないでしょうか。
 もちろん企業でも、所属するヒトの持ち味はさまざまです。それぞれに得意もあれば、不得手もあります。それを補い合ってこその組織ですから、決して角突き合わせて争ってはいけません。一堂に会している意味がなくなります。人間はヒトの間で生きるものと書きますが、お互いの存在を受け入れ、認めることで、はじめてそこに信頼関係が生まれるものでしょう。
 特に混とんとした現代、時には(わが身や所属組織の)保身に走りたくなる人間の弱さを認めた上で、お互い正直に向き合うというヒトとしての矜持(きょうじ)を守ることが、単純だけれども間違いなく、ヒトとしての真っ当な生き方の道しるべとなるように思うのです。
 どこかの政治家が「信なくば、立たず」と頻繁に口にしますが、空虚な言葉で強弁することなく、正直に穏やかに自分の弱さも他人の不完全性も受け入れることで、「おかげさま」の気持ちが醸成されるのではないでしょうか。ここにこそ、計算高い忖度(そんたく)など無縁の、本物の信頼感が生まれると考えるのは筆者だけでしょうか。
 企業活動を表現する言葉で「売り手よし、買い手よし、世間よし。三方よし」という言い回しがありますが、いわば事業経営を進める際には、お客さま・働き手・地域に感謝し「おかげさま」精神で当たりなさいという教えです。
 こうした構えの企業はどちらも繁盛していますし、こんな生き方をした先人は人生を全うできるようですから、社会人としても家庭人としても心したいものです。

出典:岩手日報「いわての風」(2018年7月1日)寄稿記事へのリンク

「経営の腑」第443号<通算758号>(2026年2月27日)

 自社中心の「天動説」捨てよ 〜お客様目線が肝心〜
  出典:岩手日報「いわての風」寄稿記事(第42回目 2018年10月21日)

 事業経営に奇策はありませんが、間違いなく成功法則はあります。
 そもそも事業は対象となるお客さまが居なければ始まりません。つまり事業活動の本質は「お客さま対応」で、経営は「お客さまの要求を満たすこと」が存続の基盤です。
 そして、事業を経営していくと、ヒト・モノ・カネなどさまざまな問題に直面します。経営者は、経営を構成するこうした要素に気を取られ、原点である「お客さま」をつい忘れがちになります。目先の課題対応に追われるのも致し方ないことですが、本質を置き去りにしては、うまくいくはずはありません。
 また、業績が好調なら内部の課題の9割以上は解決することが分かっていますので、まずは業績向上の対象であるお客さま活動に注力することが、成功法則なのです。
 ところが、お客さまに向き合うにも、そのモノサシがない企業が圧倒的大多数を占めるという実態があります。
 いうなれば、状況がよく分からない「闇」の中で、行き先も分からない馬車に乗って懸命にむちを振り下ろしているのに似ています。ここで必要なのは「現在地を知る」ことです。事業経営でいう「現在地」とは、@「わが社に対するお客さまからの評価」とA「わが社が提供する商材の正しい収益性」の二つになります。
 まず@については、多くの経営者が天動説(世の中がわが社中心に回っている妄想)に陥り、売り手の立場で独善的に、市場にどう働きかければ効果的か検討しますので、プッシュ型マーケティングなど表面的な手法探しに追われ、肝心の「お客さま」目線でのアプローチができていません。余談ですが、このおかげで怪しげな手法ビジネスの類いが大繁盛しています。
 これはとりもなおさず世の中のすべての人がお客さまであるかのような錯覚そのものです。ここから抜け出すには、対象を「わが社のお客さま」に絞り込むこと、そしてその声を真摯(しんし)に受け止めることで、この勘違いから容易に脱却できます。具体的には、手持ちの売上高から年計(移動累計)グラフを作成して確認すれば、わが社のお客さまからの評価が一目瞭然となりますので、評価の高い商材やお客さまにさらなる経営資源を重点的に注入するというだけです。全人類?を相手に商売するのは大手に任せ、経営資源の限られているわが社は、わが社のファンを大切にするビジネスをするのが合理的で当たり前のことでしょう。
 次にAについては、本欄で繰り返し指摘しているように企業会計原則に惑わされている経営者が圧倒的ですので、ここも切り替えが必要です。
 つまり、わが社の収益構造がシンプルに理解できてはじめて、商材ごとの収益性も把握できますから、社長自身がふに落ちるわが社の管理会計(どうすれば、わが社がもっともうけられるかのヒントが得られる会計)を身につけ、それをもとに、いわゆる全部原価計算方式を捨て去り、わが社の制約条件をベースにした時間当たり付加価値額の多いものを把握することです。この真の収益性が分かって初めて「もうかる商品を増やし、もうからない商品を切り捨てる」というわが社の正しい判断が可能となるのです。
 どんな大企業でも経営資源は有限ですから、この方法「もうかるものを増やし、もうからないものは減らす」以外に企業活動の高収益化は不可能です。そして、これがまぎれもない事業経営の成功法則にほかなりません。
 繰り返しますが、経営に奇策はありませんので、天動説にとらわれ表面的な手法探しに奔走するのはやめて、正攻法の「わが社のお客さま」に向き合う活動にかじを切りましょう。社長の教祖といわれた一倉定氏は「事業経営の最大のコンサルはお客さまである。決して職業コンサルではない」と指摘しており、同感です。
 そして、経営者が悩んだときは「お客さまに教えを乞いに行け! そこにしか、答えはない」と続けますが、事業継続の原資である売り上げを作ってくださるのがお客さまであることを考えれば、当然といえば当然です。奇策を弄(ろう)せず、正面から成功法則で実践励行することをお勧めします。

出典:岩手日報「いわての風」(2018年10月21日)寄稿記事へのリンク

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