シリコンバレー回想録

1999/12/14 千葉@はなコン 著作

第1回 次世代コンピューター言語について

ゲーテの「ファウスト」の最初の方にファウスト博士がラテン語の 「はじめ言葉ありき」という一句をドイツ語に翻訳しようとする場面で、 はじめ言葉ありきでは適切ではない、意でもない、力でもない そうだ行い、行いなのだという有名なくだりがあります。この転換は まさに文明的な大操作といっていいと思う。 それでは「コンピューター言語」について聞かれた場合にファウスト博士は どのように答えるのであろうか はじめに「コンピューター言語ありきではない」うん^^^^ はじめに「人間ありき社会ありきだ」とでもおっしゃるのではないだろうか?

今回シリコンバレーに行き数人のコンピューター関連の開発に携わる方々 にお会いして感じたことはこのようなことであった。 インターネットを初めとしてコンピューター社会が新しい社会構造を築きつつ ある現代において、初めにいろいろな便利な電化製品をつくり、 それをどのように動かしたらいいのかということで、新しいコンピューター言語 を作っているのではなくて、空間的にはこの地球全体を包み込むぐらいの空間 に、時間的には100年後ぐらいをイメージしたコスモポリタンを描きながら 、それを実現する為にはさてどのような新しい言語が必要であろうかという取り 組み方をしているということを感じた。

そのいい例として、あるコンピューターメーカでは21世紀のネットワーキング ホームとでも言える近未来家庭のすがたを展示していた。 このメーカはJava言語を開発したところで、ご存知のようにこの言語は 次世代の言語として注目をされています、次期のiモード携帯もこの言語を 使いいろんなアプリを提供する、とのことをつい最近発表されたばかりである。 この言語にはいくつかの特徴があるようですが簡単に付け加えると

1)機種依存がない
Javaは言語自体に機種依存する部分がないように作られている上に、 実行ファイルも機種依存のないバイトコードに変換されて流通される。 受け取ったマシンの側が、それぞれの機種に会うように翻訳して実行する 仕組みになっている。

2)セキュリテーに優れている
Javaは中間コードの状態に流通するのでネットワークでコンピューターが 受け取った場合、何をしようとしているプログラムなのかを事前にチェックし コンピューターウイルスに強い。

これは次世代のコンピューター言語の一例であるが、私はコンピューター言語も 言語の一種である以上つねに進化していくものであろうと思う。 20世紀を越えて21世紀に耐えうる言語には、数々の難題が待ち受けている たとえば、多様性の問題、エネルギー問題、超スピ°−ド化への要求、リアルタイム性 等々、それら数々の立ち向かうべき問題に刺激され、果敢に挑戦し解決しうる まさにルネッサンス人が作る芸術的な言語が生き残っていくことではないだろうか。

ちなみにJavaとはコーヒーを意味するそうですがJavaのロゴが入った コーヒーカップでコーヒーを飲みながらソフトを作ると極上のソフトができるのだ と開発者は語っていた。
「はなコン」もこれに対抗して玉露言語とかいう言語の開発に即着手しますか? 茶番劇になりそうですのでやめときます。
To be continued

第2回 ヒッピーからヤッピーまで

かつて幕末の志士である、かの吉田松陰はいった。
「地を離れて人なし、人を離れて事なし、人事を論ぜんとせば、まず地理を究めよ」 かくゆう松陰も脱藩をしてまでも東北の地にも足を運び、下田沖に再来した米艦と交渉して 海外密航をこころみ、未知の地への探求に命懸けで挑んだ末、幕府に捕まり幽閉の身となった。 まさに、みずからの行動で得た箴言には重みが感じられる。

松陰的なアプローチでシリコンバレーの目まぐるしい発展の遠因を辿って見た場合 1849年までさかのぼらなければさらない、この年サムエル・マクニエル率いる 多数の開拓者がカルフォルニアのゴールドフィールドに一攫千金をねらい入居を始めた。 サンフランシスコの開拓もこれを機に進んでいった、まさにこの49という数字は この地に住む人々にとっては原点の年であり数字なのである。
ご存知のように、この1849年の49を取ってつけたのがアメフトのサンフランシスコ 49ERSなのだそうです。(私はこの話を聞くまで知りませんでした) サンフランシスコに住む人たちはことのほか"49"という数字がお気に入りのようで 7*7=49 をラッキーナンバーにしている。

不思議とこの地には数々の新しい流行なり、考え方、発想を生む土壌があるようで たとえば、1960年代にアメリカで生まれたヒッピーもサンフランシスコから生まれて 全米に広がったと言う歴史がある。 ちなみにこのヒッピーとは既成のモラルや慣習にとらわれない自由な生き方を選んだ人 たちのことをいうのだそうである。

奇しくも現代においてはシリコンバレーを中心にヤッピー(Yupie)と呼ばれる若者が 生まれているらしい、これらの人たちは20代で自分の能力とアイデアを武器にハイテク 関連の仕事で大成功をおさめている連中で、スポーツカーで出社するような何とも羨ましい 若者たちである。
ヤッピー(Yupie)の語源は

Young(若い)
Urban(都市に住む)
Professional(知的職業に従事する)

の頭文字を取ったものでヤップ(Yup)+ヒィー(ie)の造語である。
地元の人たちは彼らをさして、羨みと派手な行動を揶揄してよくこのように呼んでいる とのことである。

またこうゆう人たちの中にはゲイのカップルもおり、何と最近になってサンフランシスコ市 ではゲイのカップルで10年以上続けているのを条件に、片方の家に居るハウスキーパー を担当する側を扶養家族として認め、扶養給を受け取る権利を与えたそうである。

このようなにあくまで人間を基調とした新しい概念の創出は、49ERSまでさかのぼる フロンティア精神を継承する牽引力となっているようだ。 シリコンバレーの繁栄の底流にはこのように新しい発想を育み、それを熟成する まさにカリフォルニア・ワイナリーのバレル(樽)のような社会的にも許容量のある土地がらと 大いに関係があるのではないだろうか。

常に新しい分野なり発想の出現は、旧体制との攻防戦の中でみずからの価値を築いてきた。 新しいものへ門戸をひろげた上で、その新しい価値観なり発想なりが本当に庶民の役に 立つものか否かをためす、まさに熟成させる樽のような地域なり集まりがあればなにもシリコ ンバレーだけではなく、何処の地域でも活力のある新たな産業の創出は可能であろう。 シリコンバレーでお会いしたある方に「このような激変の時代に、企業も個人も成功を続れる 為には何が必要でしょうか?」との問いに
「すばやく学ぶこと」、「すばやく変わること」が不可欠であるとの
回答が印象に残った。
To be continued

第3回 もう一つのIP

サンフランシスコ市内にあるゴールデンブリッジに車で案内された。その迫力にも驚く とともに作られたのが62年も前であるというのにビックリした。 そこでつぎのような事をふと考えた、来るべくクルマ社会を想定してこれだけのスケー ルの橋を架けようとした人間は当事者であるJoseph Baermann Strauss以外に当時何人 いたであろうかと。
時を移して現代起きているスーパーハイウエイ構想をはじめとするIT革命の波に耐え得 る情報ハイウエイはゴールデンブリッジのように数十年先を見通した我々の想像を遥か に超えたインフラを必要としているのではないかと。

さて話をIPに移そう、IPというとTCP/IPのIPを思い出す方々が多いことでし ょう。
今回取り上げる話はIPはIPでもIntellectual Property(知的財産)いわゆる特許と か商標とかに関することです。

現在のインターネットの目まぐるしい発達により、トータルの伝送スピードアップが益 々求められている。すなわちボトルネックとなるところの改善が急務となっている。 その代表例としてルータが上げられる、ルータはその名のとおりパケット化されたデータ を送信先のアドレスを解析し次のどのルータ(ネットワークアドレス)に送ればいいの かを判断してパケットを次のルータに転送する役目をしている。 そのルータの元となるものはUNIXマシンを使ったソフトによるルーティングが最初 のようである。
そのルータの高速化をする為にパケットのルーティング部分をハードウエア化して高速 伝送をはかりメガビット/秒を実現している。 そこで登場するのが先のIP(Intellectual Property)である。これはルーティング等 のソフトウエアの部分をハードウエア化(LSI化)する為のアルゴリズムを標準化さ れた記述形式に変換し他人も流用するようにした、いわゆるアルゴリズムの既製品化で ある。これにより自社のLSIの中に他社が作ったソフトウエアノウハウを組み込むこ とができる。

従来高価であったルータがこのIPのおかげで2、3万円で手に入る時代が到来した。 われわれの知らないところでLSI化によるコストダウンが行われている事に気付ずく。 これは何もルータだけに限ったことではないサーバの一部分をハードウエア化してフ ァイルサーバとかプリンタサーバという従来サーバのソフトでやっていた仕事を専用の サーバ・ハードに任せるというのが最近出てきている。 これはネットワークによるアウトソ−シングと言えまいか、会社のある部分を外部の専門 業者に依頼する流れに似ているようで妙である。

そういえばTCP/IPをはじめとするコンピュ−タネットワークの発想もゲートウエイ だのアドレスだのルータだのと、クルマ社会からヒントを得たのではないかと思われる 概念が随所に見られる。 ところでアメリカの実際のハイウエイには日本の現代の「峠の茶屋」のようなパーキング は見当たらない。これはまさに文化の違いであろう、次世代の情報ハイウエイにはぜひ この「峠の茶屋」的な潤いのあるHOTする部分があってもいいのではないかと思って いる内にクルマはゴールデンブリッジを渡りきっていた。
To be continued

第4回 Peace Corpから学んだこと

帰国の飛行機の中でネパールに行くというアメリカの青年達といっしょになった 聞いてみると彼らは「Peace Corp」 という日本でいうところの「青年海外協力隊」として 3年間ネパールに滞在してその国のために貢献しようという若者である。 不安と希望が交差しながらも、自ら身を投じて社会貢献をしようという使命感で 輝いていた。
好景気に沸くアメリカの中にも、儲けと違う価値を追求している若者がいるのだという 事を知り、あらためて合衆国の懐の広さを感じた。 聞くところによると、この「Peace Corp」はケネディー大統領が創設し、37年間で 約15万人がすでに派遣されているといわれている。 これに対し、日本の青年海外協力隊の派遣は34年間でまだ2万人に達していない。

よく海外で災害が発生すると日本にたいしていわれることとして、日本は顔の見えない 資金のみの援助が多いと、これからはますます体を張った国際貢献が求められるように なろう。
そういえば、かのマハトモ・ガンジーにある記者がつぎのようなインタビユーをした 「最後にあなたから国民にメッセージをお願いいたします」 ガンジーいわく 「あらためてメッセージはありません」「私の日常の行動がメッセージです」と まさに、行動そのものが百万言の言葉にまさるという意味であろう。

国内では今年の新卒者の就職内定率が過去最低を記録しそうだと騒いでいる、 考え方を変えて、これは青年海外協力隊をはじめとする国際貢献をするいいチャンスとも いえる。国内の企業を尻目に早々と勇気をもって働き口を広く世界に求め、自らの身を 投じて同世代の若者と次の世紀を作る作業をしてみてはどうか? そのような世界視野をもった若者にこそ次の世代を担う権利が与えられるであろう。

またアメリカ国内ではNPOがシルバー人材をうまく活用して雇用にも一役買っているようである。 長年の豊富な経験を広く社会に役立てみずからも活生化するという意味では、 日本の社会においても、国民がNPOを広く理解して多層な価値を持つ社会、「多値社会」への 脱皮が必要になろう。

To be continued